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Tシャツのように刷られているのかと思っていたけど、まるで工芸品のようにすべて職人の手で作られているのだ。
日本での絨毯作りは、300年以上前に佐賀で始まった「鍋島緞通」が最初だと言われている。朝鮮に学び、木綿糸で織られるのが特徴で、大阪の「堺緞通」や兵庫の「赤穂緞通」などがあとに続いた。一方で、今から100年ほど前に大陸から独自に山形に伝わったのが「山形緞通」である。
ペルシャがルーツの「手織緞通」という技法の絨毯作りは、シルクロードを渡り中国に伝わり、日本海の北前航路でやってきたが、職人3人がかりで1日7cmほどしか進まないという極めて贅沢なものであった。各地で作られる絨毯は戦後以降、欧米様式にならい、ホテルのロビーや高級マンションに敷かれ始め、日本中を絨毯で埋め尽くしたのは’80年代頃までで、’90年代以降の一般家庭ではフローリングがクールでオシャレだという新常識に取って代わられ、以来、絨毯はしばし鳴りを潜めることとなる。そもそもいい絨毯に使われる素材は天然ウールで重厚なものが多く立派だったが、その作りの工程もありとても高価なものであった。
ああ、絨毯業界ピンチ! って状況で注目されたのが、リーズナブルなアクリル素材。なんといっても発色がよく、いろいろな色を作れるところが可能性を広げたわけだが、そんなひとつに、ストリートアーティストの作品をラグに落とし込むという2000年代のアートラグの誕生があった。
アートラグの始まりは、NYのアーティストであるKAWSと日本のトイメーカー「メディコム・トイ」が手掛けた〈オリジナルフェイク〉と『Gallery 1950』のコラボレーションで生まれたKAWSのグラフィックが最初のものだと言われている。アーティストのこだわりにも対応できる細やかな色出しが得意なアクリル素材はラグとアートとの親和性を高め、絨毯のひとつの未来を示したのだ。
絨毯が床全面に敷き詰めるものだとしたら、ラグはソファや玄関前などの床の一部に使われる絨毯。ラグはそういった意味でも自由なアートとの相性も抜群で、長年培ってきた絨毯作りの技術を応用して作られるようになった。
今回、九段下のアートとインテリアのお店『パシフィカ・コレクティブス』にお願いして作ってもらったのがこのPロゴのラグ。世の中に溢れる模倣のアートラグではなく、オリジナルのアートラグをちゃんと受け継ぐ『パシフィカ・コレクティブス』に作ってもらったというのが自慢のポイントで、完成度も見てのとおり。
その手法は、最初に伝えられた「手織緞通」ではなく、織る時間の早さに長けた「手刺緞通」で。基布と呼ばれるラグの裏面に使われるメッシュ状の生地に糸を刺していくのだが、フックガンというマシンガンのような工具を使い「ダダダダッ」と糸を裏側から打ち込んでいく(これがまた格好いいのだ)。
この技術はもともとアメリカで考案されたものだそうで、日本でも1960年代頃より導入されてきた。手描きの設計図を見ながらフリーハンドで糸を刺すわけだが、職人技がもはやアーティストの域に達している。基布に糸を刺したら、裏面を糊付けして糸が抜けないようにし、乾かしたら、表面の毛足の長さをシャーリングで揃え、アウトラインに合わせてカットして完成。
一見すると、Tシャツのようにプリントして作られていそうなものだが、すべてが職人さんによる手作業で、当然一枚一枚出来も異なる工芸品だ。作り手もポパイだろうが、どのアーティストの作品だとかはわからずに作っている。でも、その職人さんたちが思い切って作れるようにしてくれているのが、『パシフィカ・コレクティブス』の貴島さん。
「会ったことがある人、見たことがある作品でないと作れないんです」というのは、同じ染色をした白い糸だけで何百色もあるような中から、そのアーティストの作品に合う白を選び、そのアーティストの人柄や癖を把握し、職人さんと相談しながら作り上げるから。どの職人さんに作ってもらうかでも完成度が変わってくるので、精密さが求められるなら熟練の職人さんに、無作為さが必要ならばあえて駆け出しの職人さんにお願いすることもある。まったくの正解の基準のない中で、アート作品に近づけ、かつ新しいものを作り上げるには、実は貴島さんの感覚が大切だったりするわけだ。
今回のPロゴの白はよく見ると白ではなく生成りである。他の色、特に黒などの色と合わせると、もっと蛍光の強い白だと黒よりもパキッと強くなってしまうそうで、色と隣り合わせたときに映える生成りの白を選んでもらった。作品によっては、同じ黒は黒でも5色くらいの黒の糸を使って濃淡を表したりするという。
そして、このPロゴの最もこだわりの部分は、Pの右上に付く艶の部分。この艶の丸みをフックガンで出してもらうことで、Pラグが生き生きとした表情になったのだ。アートラグの心は、アーティストのアジをどう残すのかにかかっている。これを調整している番頭が『パシフィカ・コレクティブス』の貴島さん。
「何百枚と作ってきて、ようやくその機微がわかってきましたね(笑)。でも、Pのロゴみたいにシンプルなものほど難しいんです。ちょっとしたバランスが崩れるとそれだけでPに見えないですから。なので職人さんも最も腕の立つ方にお願いしましたので」。
今もそうかもしれないが、一昔前にはこういった見た目のラグのようなマットは4千円くらいで買える印象があった。だけど、この一枚がこんなに人の手が入って作られているのだと知ると、そんな値段では到底買えないものなのだろうと遅まきながら気がついた。これからどう新しいものと繋がっていくかで絨毯業界の未来は変わってくるとは思うけど、大切な伝統文化、技術に対して敬意とお金を払っていけたらその文化の一端を担えることができる。それが少しでも欲しいものなら最高だなって思えたのがこのラグである。
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PACIFICA COLLECTIVES
2016年にアートを融合させるインテリアのブランドとしてスタートし、2020年にショップを東京・九段下にオープン。海外から仕入れるヴィンテージの家具や生活用品、アートそのものも取り扱い、ショップはときに展覧会をするギャラリーにもなる。ブランドの商品はMade in Japanにこだわっていて、アートラグはShinknownsuke、FACE、Jeffrey Sincich、Josh Stover、Koji Yamaguchi、Sandy Yang、Hanai Yusuke、Francesco lgory Deiana、TOMOE MIYAZAKI(STOMACHACHE.)、Nathaniel Russellなどのアーティストの作品を扱ってきている。今年1月には、型染め作家・宮入圭太の作品やアートラグなどを扱うポップアップショップを伊勢丹新宿店で展開したばかり。
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